ご挨拶

HISTORY技術への想いを、未来へ。


社長であった父が亡くなった大学3年生の冬。私の目の前に、「会社を継ぐ」という道が現れました。
今後の人生を大きく左右する分かれ道。しかし、それにも関わらず、「継ぐ」という決断を下すまで、時間はかかりませんでした。築いてきた風土や信頼、佐藤真空の歴史を支え続けてくれた人たちを、これからも変わらず守り抜く。
使命感にも似た強い感情に突き動かされた私は、その冬、佐藤真空の歴史を紡いで行く覚悟を揺るぎないものにしたのです。

子どもの頃、工場のすぐそばには従業員の寮があり、私は、働く大人たちの笑顔に囲まれながら幼少期を過ごしました。
従業員は、私を弟のようにかわいがってくれ、私は、その人たちを兄のように慕う日々。
創業者である祖父は、従業員の幸せを最優先する人間で、「うちの建て替えは、従業員が家を建てた後」と口癖のように話していました。創業から80年以上、一度も赤字を出すことなく今日まで来ることができた要因の中には、真空という先端技術に、早い時期から目をつけた先見性もあると思います。

しかし、決して、それだけではありません。
人を想い、人を守る経営姿勢を貫いてきたからこそ、従業員一人ひとりの技術への想いも強くなり、佐藤真空は成長を遂げることができたのです。未来へと続く成長の歩みを途絶えさせるわけにはいけないと、私が佐藤真空に入社してから約30年。
今なお、その歩みは力強く、従業員と共に未来へと向かっています。

POLICY行動力で、信頼を勝ち取る。技術力で、心を沸かせる。


全社員

私たちは、完成するその瞬間まで、品質を追求し続けます。国内自社工場での製造を徹底しているのも、自分たちの目と手で創り上げなければ、究極の品質というものは生み出せないと信じているからです。
そしてまた、私たちは、全ての仕事においてスピードを重視します。規格品であれば、お問い合わせから3日以内の納品を実現しています。部品も国産にこだわるのは、1秒でも早いメンテナンス対応を実現するためです。問い合わせやクレームを受けたら、即座に伺います。言葉だけの「お客さま第一主義」に、私たちは溺れません。
行動で誠意を示し、行動力で信頼を勝ち取るのです。

また、採用においても、私が、必ず全員を面接します。佐藤真空で働く人間に何より求めるのは、「技術への探求心」です。
飾られた履歴書のプロフィールからでは、その人の本質は見えてきません。目と目を合わせ、“素の言葉”に耳を傾けることで、初めて、その人の本質に向き合える。本心から語られる言葉を受け取り、将来を共に創造できる仲間と出会いたいのです。
現在、ポンプ・装置はのべ3000社以上のお客さまとお取引があり、その中で、100社以上のお客さまと50年以上のお付合いがあります。リピート率も70%を超えています。 この実績を残せたのも、一人ひとりがひたむきに努力を重ね、行動力と技術力で、「お客さま第一主義」を実現してきたからに他ならないと考えています。

VISION世界でただ一つのブランドで、勝負する。


世界トップレベルの技術

この分野では、世界トップレベルの技術を持っている。この分野なら、右に出る者はいない。
企業規模は大きくはなくても、特定のカテゴリーにおいて圧倒的な強さを持ち、唯一無二のブランドを持っている。そんなヨーロッパ型の経営スタイルこそ、私たちの目指す姿です。

ものづくりへの飽くなき挑戦心を力に、常に高みを目指してきた私たちは、これからも、技術で人々を魅了し、技術で心を沸かせていきます。中・小型のベルト駆動型真空ポンプの分野では、国内トップシェアを獲得。平成17年に完成した油回転直結型真空ポンプ『ラムダシリーズ』は、「中・小型真空ポンプのトップブランド」への挑戦でもあります。
また、装置では、真空乾燥や真空熱処理、真空成膜を、佐藤真空にしかできない技術を駆使し、ユーザーニーズにマッチした製品に育て上げていきます。数年前、佐藤真空の将来ビジョンにふさわしい大型用地が都内に見つかり、千載一遇のチャンスと考えた私は、工場移転の計画を進めました。

しかし、多くの従業員から、通勤時間が長くなるなどの悩みを訴えられ、考え抜いた末、計画は白紙に戻したのです。社長である私の考えだけを優先するのではなく、従業員たちの想いを受け止めることで結束を固め、突き進んできた道を邁進し続けようと決意したのです。規模や知名度ではなく、どこまでも技術を追い求め、世界でただ一つのブランドで勝負し続ける。それこそが、80年以上の歴史の中で培ってきた、私たち佐藤真空の誇りなのです。

代表取締役社長 佐藤 紀一

生年月日:昭和29年2月11日
出身地:東京都品川区
血液型:O型

創業者の佐藤勇助氏は祖父。日本大学経済学部を卒業後、科学機器の商社で5年間営業職を経験し、その後、佐藤真空に入社。平成3年、代表取締役に就任し、平成22年、代表就任20年目を迎えた。学生時代から音楽が好きで、ビートルズのコピーバンドやロックバンドのメンバーとして活躍。卒業後は、音楽の道に進むことも考えたほど。現在も、自作の楽曲をライブハウスで演奏するなど、オフは音楽に情熱を注ぐ。『仕事・家庭・自己の均等なバランスが幸せを生む』というのが持論。